元・大島未由希のつぶやき
ひさしぶりの更新と、報告と、いろいろ。
去年の4月、妊娠がわかりました。
それから、すったもんだ、いろいろありながら
(いろいろの詳細はInstagramにて載せてますのでよろしければ)

今年1月31日、元気な男の子を出産しました。

息子は今、4ヶ月になりました。
とってもすくすく育っていて、いや本当に、この子よりかわいい子
ほかにおるんかいなとおもうほど、かわいいです。

ですが、この4ヶ月間、楽しい気持ちだけではありませんでした。

息子と一緒に退院して、一週間ほどたった2月のある日。
息子の目をじーっと見ていると、左目の瞳にうっすら
白いもやがかかっているのをみつけました。

なんだろう?とおもったけれど、当時は産後うつ一歩手前の病みようで
鼻づまりでフガフガいってるだけで心配して眠れないほどだったので
「きっと気のせいだ、気のせい」と自分に言い聞かせて忘れようとしました。

それから約1ヵ月がたった3月中旬、産後うつはおさまりましたが
改めて白いもやが気になったわたしは
息子を連れて、近所の眼科に行きました。

そこで言われたのが
「生まれつきの白内障ですね」

生まれつきの白内障とは、ようするに、先天性白内障という目の病気。
そういわれたとき、ショックの反面、「やっぱりな」とおもったのでした。
というのも、あらかじめ、ネットで調べていたときに、すでに知っていたからです。
そうじゃないといいな、という淡い期待を抱いていたけれど、残念でした。

そこでは治療は出来ないとのことで、ある大学病院を紹介してもらいました。
次の日、さっそく紹介状を持って、大学病院にいきました。
そこで、念入りに息子の目を調べてもらい、出た結果はやっぱり「先天性白内障」でした。
ただ、そのときは、もやが瞳の左下部分にあるため、すぐに手術の必要はないとのことで
様子見となり、一ヵ月後に診察するということになりました。

☆☆☆☆☆

先天性白内障はすこし勘違いされやすいとわたしはおもっています。
「白内障」という言葉だけでとらえると、手術すれば治る、簡単な病気
と思われがちですが、それは大人の話で
生まれたばかりの赤ちゃんは視力がまだ育っておらず
その状態で目に異常があると、視力が育たない、弱視になる可能性があります。
手術をしても、術後のケアがとても大変で、親子共に相当な忍耐を要します。
深刻にとらえすぎるのもいけないけれど、「大丈夫でしょ」と言われるのも少し複雑。。

また、この病気はおもに二つの原因が考えられ、ひとつは遺伝、もうひとつは胎内感染。
妊娠中に母体が麻疹にかかると、高確率でなると考えられています。
でも、わたしはどちらにも当てはまりませんでした。が、
麻疹は自覚症状がなくても感染していることもあるらしく、さらに
わたしは麻疹の抗体が少なく、病院で「注意してね」と言われていたのもあり
それが原因だったのかな?と自分を責める日々でした。

☆☆☆☆☆

4月中旬、2回目の大学病院での診察。
瞳孔を開く目薬をさし、診察するとのこと。このとき、わたしは診察室に入れてもらえず
泣き叫ぶ息子の声をただ外から聞くだけで、とっても辛くて涙が出ました。

診察の結果、白いもやが若干、瞳の中央にかかっているとのこと。
中央にかかってしまうと、手術の必要性が出てくる。
ただ、瞳孔を開く前の瞳の状態も見て見ないとわからないけれど
今日は先に目薬をさしてしまったので、見れない。
次の診察で、手術するかどうか診てみましょう。と。そして、また一ヶ月様子見となる。

なぜ先に目薬をさしてしまったの?一ヶ月も様子見でいいの?
帰り道、疑問がぽつり、ぽつりと浮かんでくる。
でも大学病院の先生が言っているのだから、信じよう。そうおもって帰りました。

ただ、この先天性白内障を調べていたときに
症状の重さにもよるけれど、両眼性は生後10週、片眼性は生後6週までに
手術をしなければ視力の成長が望めなくなるということも知っており
もうとっくのまに6週は過ぎているけれど、本当に大丈夫なの?と
「わからない」というのがこれほどまでに不安な気持ちにさせるのかとおもいました。

息子は毎日元気で、おっぱいもミルクもたくさん飲み、すくすく成長している。
毎日大変ながらも楽しい日々。嬉しい日々。でも、不安がずっと付きまとう日々。
あらゆるところで赤ちゃんを見かけては、あの子の目はきちんと見えているんだ、
両目でいろんなものを見ているんだ、そんな風に思わずにいられませんでした。

「神様は超えられない試練は与えないんだよ、だから一緒にがんばろうね」
そうやっていつも息子に語りかけていました。
大変な思いをする分、きっと人に優しい子になれる。そのための試練なんだ。
もし目が見えづらくても、それはこの子の個性になる。
そうやって、悲観せずに育てていこう、そう自分に言い聞かせていました。


5月、3回目の診察。
今日、手術になるかどうかが決まる。不安と、どこか期待も混じった気持ち。
どんな結果だったにせよ、治療方針が決まれば、腹をくくれるから。
今回はまず瞳孔を開く前に診察。そして目薬、さらに診察。
また診察室には入れてもらえなかった。息子の泣き声が心に突き刺さる。
「どうぞ」と言われて、中に入った。看護師さんから息子を奪い取るように抱いてしまった。

主治医の先生のほかに、研修医らしき人が数人いて、狭い診察室は人であふれていた。
こんなたくさんの知らない人たちに囲まれて、手足を押さえられて、息子は
どんなに怖かっただろう、そうおもったら、辛くて、悲しくて、一刻も早く抱きしめてあげたかった。

そして、診察結果は、また「わからない」でした。
え?今日決まるんじゃないの?
「やはりもやが瞳の中央にかかっている。手術するかどうかは、
次回、もっと詳しい先生に相談して決めましょう。そのときに、もっと詳しい
小児眼科に紹介も出来ますので」
もやが中央にかかっているのはもうすでに分かっていることでは?
その詳しい先生をなぜ今日呼ばない?
次回の診察は、半月も先。そこから紹介?時間がかかりすぎじゃないか?

さらに、息子の目が切れて、ちょっと出血してしまっている。
「ピンク色の涙が出るかもしれないけれど、大丈夫ですから」
大丈夫って、なにが?血が出るような診察なんてある?
わたしはその風景を目にしていないから、何を言われても、大丈夫と言われても
ただただ、不信感しか沸いてこないのでした。

でも、その場ではなにもいえず、また疑問だらけの帰り道。

3回も診ているのに、決まらない治療方針。
その間に、進んでいるかもしれない症状。
わたしはどうすべきなのか。このまま待っていていいのだろうか。

その日は眠れず、ずっとネットで調べ続けていました。

やっぱり、専門医に診てもらって、必要ならばすぐに手術してもらわないと。
小児眼科専門医のいる医療機関をしらべ、候補を二つに絞り
一番最初に診察してくれた、近所の眼科へまた行きました。
大学病院でのこれまでの経緯、わたしの気持ちをすべて話しました。
先生は親身に話を聞いてくださいました。
そして、日本でも一番の小児眼科専門医がいる、
国立成育医療研究センターに紹介状を書いてくれました。

うちでは治療はできないけれど、相談ならいつでも乗りますから、と。

さっそく予約の電話をすると、なんと3ヶ月まちで、途方にくれる。
(全国から様々な病状のこどもが集まるため、しょうがないのだ)
でも、主治医の先生から直接電話をもらえれば、もう少し早くならんこともない、とのこと。
すぐに眼科に電話をして、連絡してくれないかと頼み込みました。
受付の方はとてもいい方で、快く引き受けてくださり、
院長先生が直々に電話を入れてくださいました。

2時間後、眼科から電話が入り、予約をとってくれたと報告をもらいました。
「日にちを選べるかとおもったんですけど、向こうから指定されてしまって・・・
来週の、5月29日なんですが、大丈夫ですか?」

大学病院の診察前なら、いつでも良いとおもっていたので、もちろんですと答えました。
「あ~よかったです!」
それはこちらのせりふです。本当にありがとうございました。


その5月29日は、わたしの母の命日でした。


成育センターの予約を取れたわたしは、すこし気持ちが楽になりました。
そして、どんな結果を言われようと、今度こそは納得できる、納得するぞ、と誓いました。

ここまで行動して、ようやく少し、進めたようにおもいました。
待っているだけではいけない。疑問におもったことはそのままにせず、解消しないと。
大学病院で何も言えずにいた自分を反省しました。


ところで、息子のことで心配なのは、目のことだけではなく
風邪を引いたときに受診した小児科で肌の弱さを指摘され、アトピー体質と言われました。
そこで処方されたステロイドが怖くて、うまく使えていなかったわたし。
こういう不安も、ちゃんと自分で動いて解消しないといけないな、とおもったので
皮膚科に行って、薬のぬり方、ぬる量、注意することなど、
小児科では教えてくれなかったことを、しつこいくらいに聞いてきました。
先生はひとつひとつ丁寧に教えてくださいました。

そして、おもったのです。
患者には、聞く権利があるんだ、って。
なにをわたしはいままで遠慮していたんだろう、って。

自分のことではあまり病院に行ったことがなかったから
こういう大切なことを、初めて学んだ気がしました。


そして、5月29日。
うちから成育センターまでは電車で片道1時間ほどと遠く、しかもその日は月曜日。
朝8時半には来るように言われていたため、それに間に合うように行くと
ちょうど通勤ラッシュ帯にぶつかるため、1時間早めて6時に家を出ました。
その日は主人も休みだったため、一緒に来てくれました。感謝。

7時半に成育センターにつき、受付開始を待ちます。
息子に授乳して、おむつかえて、にこにこしながら、息子をあやしながら、
それでも心は不安と期待で埋め尽くされていました。

受付が始まり、眼科に行くと、親切な看護師さんが出迎えてくれました。
そしてそこに、今日の担当医師の名前があり、初診の患者を診てくれるのが
わたしが事前に調べていた、小児眼科専門の先生だったので、ほっとしました。

いよいよ、息子の診察が始まりました。
これまでの経緯をすべて話しました。大学病院で、わたしが不安におもったことも。
先生は離れた場所から息子の目にペンライトの光を当て、
「あ~ま~たしかに軽いね」
と言いました。そして、息子を診察台に乗せると、目を指で開き、光を当てる。

「んー?これ瞳孔膜じゃない?ほら見てごらん」

近くにいた研修医さんが順に息子の目を見ます。

「瞳孔膜でしょ?瞳孔膜だよこれ。白内障じゃないよ」

瞳孔膜?白内障じゃないってどういうこと???
一気にハテナで埋め尽くされるわたしの頭。


先生はわたしにはなにも言わず、わたしもなにも言えず。
今度は瞳孔を開く目薬、わたしも息子も、もう慣れたもんです。(息子は泣くけど)
10分おきに、4回ほど目薬をさして、瞳孔を開きます。

その間、待合室にいた主人に、「白内障じゃないって言ってたよ」と報告。
「まだわかんないけど、、瞳孔膜?って言ってた。なんだろう??」
主人はスマホで調べてくれて、これじゃない?と言って出してくれたのが

「瞳孔膜遺残」というものの説明のページでした。

瞳孔膜遺残(どうこうまくいざん)とは、胎内で眼を形成する際に、眼を覆っていた血管が
普通は生まれる直前までに消えるのだけど、何らかの理由で残ってしまう先天異常のこと。
ただ、これは病気ではなく、膜が瞳全体にかかっていない限りさほど視力に影響はない。

もし、これなら、、、でも、まだわからないから。
主人もわたしも、心がざわついていました。

そして、また診察。診察室の外に出されなかったので、よかったと思いました。
息子はバスタオルでぐるぐる巻きにされ、泣き喚いていたけど、
その様子を見ることができるだけで、心はすこし軽かったのです。(息子ごめん)

「ん~これ完全に瞳孔膜だね」

そして、先生が初めてわたしのほうを向き、説明してくださいました。

「瞳孔膜遺残です。白内障ではないです。水晶体もきれいだし、
これを手術で取ったらそれこそ視力出なくなっちゃうよ。たしかに、膜は少し
瞳の中央にかかっているけれど、穴も開いているしそこから光も入るので
視力にはそんなに影響はないんじゃないかな。」

とてもにわかには信じられなかったです。
二つの病院で、先天性白内障と言われ、手術間際だったのに。
息子は白内障じゃなかった。視力も育つ。こんなこと、ありえるのかって。

赤ちゃんの視力は今急速に伸びているところで、まだ検査は出来ないので
視力検査ができる3歳くらいにならないと、なんともいえないけれど
アイパッチも、まあやりたきゃどうぞ。ぼくは必要ないとおもうけど。と。
(アイパッチは、良いほうの目を隠して、悪い目を強制的に使わせること。
片目がわるい場合、両目を使っていると見えるほうの目で見てしまう癖がつき
脳が、悪い目は必要ないと判断してますます悪くなってしまうのを防ぐため)

今後は、膜が縮まるときに、まれに瞳がゆがむことがあるので
それをたま~に検査することと、瞳の中心に膜がかかりすぎていないかとか
それくらいをかかりつけの眼科で診てもらうくらいでいいですよ。と。

そうして、診察が終わりました。

待合室で待っていた主人に、伝えました。やっぱり、瞳孔膜遺残だったよ。
そして、二人で息子を抱きしめて泣きました。息子の視力が育つ。
左目も見えるようになるんだ。よかった。本当によかった。信じられないね。
こんなことってあるんだね。

お母さんが、守ってくれたんだね。

手術の日程を決めるべく、受けた診察で、まさかの、この結果。
やはり、小児眼科専門の先生は違いました。
(しかもその先生は、小児眼科学会の理事長もつとめる、エキスパートでした)

大学病院での診察を待って、もし、白内障のままで、手術になっていたら。
息子の目は本当に見えなくなってしまっていたかもしれない。
それに、全身麻酔のリスクも負うところだった。
(赤ちゃんの目の手術は出来る人が少ないらしく、紹介される病院も少ないため
どのみちここにたどり着いていたかもしれないけれど。)

本当に、あのとき感じた疑問をそのままにせず、動いてよかった。

帰り道、まだ信じられない気持ちにふわふわしながら、
先生に言われた話をなんども反芻しました。
難しい言葉ばかりでよくわからなかったけれど、
息子の目は見えるようになる。
ただそれがわかっているだけで十分でした。


息子が白内障と言われてから、約2ヶ月。いろんな思いで過ごしてきました。
絶対にわたしが息子を守る。すこしでもいい方向に向かうように。
前向きにいこう、落ち込んでいてはダメだと言い聞かせて。
でも、健康に生んであげられなくてごめんね、と思わずにはいられなかった。

どうしても落ち込んでしまったとき、気分転換に外に出た。
公園の横を通ったとき、とても度の強いめがねをかけている赤ちゃんを見た。
スーパーに寄ったとき、補聴器をつけている男の子を見た。
大変なのは、うちだけじゃない。みんなそれぞれの事情を抱えているんだ。
その中でも毎日笑って、泣いて、怒って、元気に成長しているんだ。

No one has a perfect life.
ホテルで働いていたときに出会ったお客さんとの会話の中で言われた言葉。
完璧な人生なんてない。その言葉に、支えられました。

わたし、「元気で生まれてきてくれればそれでいい」って口では言っていたけれど
心のどこかで、五体満足で生まれるのが当たり前だとおもっていたんだ。

でも、決してそんなことない。
すべてが奇跡で成り立っているんだということ。
息子が、ギャーギャー泣いて、ミルク飲んで、おしっこひっかけて、寝る。
そうして少しずつ大きくなってくれることが、どんなにすばらしいことか。
眼が見えなくなるかもしれない、そうおもってから、なおさら
息子の成長に感謝しない日はありませんでした。


もし、最初に、白内障ではなくて瞳孔膜遺残だと言われていたら
2ヶ月間、こんなに苦しい思いもしなかったかもしれない。
だけど、この2ヶ月間で、わたしはとっても成長できた気がする。

これからもし、大変なことに出遭ったとしても、きっとがんばれる。

そうおもっています。


次の日、近所の眼科に行き、結果を報告しました。
そして、予約を取ってくださったこと、電話してくださったこと、
お礼を伝えました。
次の診察は3ヵ月後。それまでは、何も気にせず普通に過ごしていいですよ、とのこと。
この言葉が、どんなにうれしかったか。

引き続き、ある程度の観察は必要ですが、手術もしなくていいし、
視力も育つとのことで、本当にほっとしています。
(3歳くらいにならないと、視力に関してはまだわかりませんが。。)

うちは、たまたまこういう結果でしたが、
世の中には、本当に先天性白内障で、がんばっている子がいる。
でもその数はあまり多くなく、また、両眼性と片眼性では治療も違うため
あのころのわたしのように、ネットで検索する日々を送っているお母さんもいるとおもいます。
(検索してもあまり情報が出てこないのでつらい)

だから、少しでも参考になればとおもい、書くことにしたのでした。
先天性白内障といわれても、瞳孔膜遺残も一緒に疑ってみてもいいかもしれません。
そして、小児眼科専門医に診てもらうのが一番だということ。
セカンドオピニオンも受けたほうがいいかもしれません。

なにより、この病気は早期発見・早期治療が要になってきます。
気のせいかな?とおもわずに、気になったら、早期受診をおすすめします。
気のせいで済めば、それに越したことはないのだから。

もし情報を必要としている人がいたら、少しでも役に立つといいな。

これからも、息子と一緒に成長していきたいとおもいます。


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by mikimatusa-n | 2017-06-01 23:29 | Comments(0)
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